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鵠沼運動公園のしおかぜ号

2016.06.30 線路端 神奈川 鵠沼海岸 C11245 静態保存


△ 鵠沼運動公園の一角に静態保存されているC11245「しおかぜ号」。 [2016.06, 神奈川県藤沢市]

小田急江ノ島線の鵠沼海岸駅から歩いて10分ほどのところにある鵠沼運動公園の一角に、C11245が静態保存されています。 梅雨の晴れ間の日曜日、静態保存された蒸気機関車とその保存に携わる方々を訪ねました。


鵠沼運動公園のしおかぜ号

のちに「しおかぜ号」と名付けられるC11245は、1943(昭和18)年に日本車両で新製され、新津機関区に配置されました。 新潟地区(赤谷線や羽越線)や仙台石巻地区(石巻線)で活躍しましたが、1974(昭和49)年に第2種休車指定、用途廃止となり、小牛田から盛岡機関区に移されました。その翌年、C11245は幸運にも解体を免れ、藤沢市に貸与されて静態保存されることになります。 この辺りからの経緯は、「藤沢ミニ鉄道二〇年のあゆみ」 *1) に詳しいので、それに沿って紹介させていただくとおよそ次のような感じになります。

△ C11245 正面のプレート。 [2016.06, 神奈川県藤沢市]


用途廃止で盛岡機関区に移動したC11245ですが、その翌年の1975(昭和50)年に東京南鉄道管理局長と藤沢市長との間で契約が結ばれ、藤沢市に無償貸与されます。こうして、C11245は「しおかぜ号」と名付けられ、鵠沼運動公園で静態保存されることになります。無償貸与といっても盛岡からの輸送費の事など、資金が無い中で市民や子供たちの署名活動が保存に道を開いたりと苦労はあったようですが、後に藤沢鉄道車両保存会の顧問を務める矢島豊海氏は「立派に藤沢に運び込めたのは、子供たちの夢と大人たちの郷愁が一致した活動だったから」と当時を振り返ります。その直後に保存活動にあたる団体を作ろうと、藤沢鉄道車両保存会が結成されます。保存会には数多くの人が集いましたが、その中で子供たちも相当数を占めていました。そこで翌年(昭和51年)に、保存会とともに活動する子供だけの組織「藤沢SL少年団」が誕生します。

△ 良く磨き上げられた車体に、公園の緑が写り込む。 [2016.06, 神奈川県藤沢市]



よくある鉄道車両静態保存のケースと比べて藤沢の保存会や少年団がちょっと違っていたのは、10年、20年が経っても子供たちがSLのところにたくさん来て欲しい、そのための仕組みを作ろうと考えたことでした。「しおかぜ号」は静態保存なので、何とか動態保存に近い形のものが考えられないか。子供たちの素朴な疑問や声に応えようと知恵を絞った結果、しおかぜ号のまわりを1周する軌間5インチのミニ鉄道を建設することになります。当初は江ノ電の車両1両だけでスタートしたミニ鉄道も、次第に車両が増えてライブスチームも加わり、煙や蒸気を出して走る本当の蒸気機関車を製作したり運転したりするようになりました。


毎月の第2日曜日に行われるSL少年団の活動は、ボロ布を持ってしおかぜ号の手入れで始まり、12時からはミニ鉄道の運転会です。運転会では先輩に聞いたり相談したりしながら、切符の発売や踏切・信号など鉄道設備の設置、放送、車両の運転などを行います。何より素晴らしいのは、このような活動を子供たち自らが担い、次の世代に引き継ぎ、継続していることだと思います。

11時を過ぎてミニ鉄道運転会の準備が行われる頃になると、子供たちはミニ鉄道の設備設置や試運転など、運営にかかりきりになります。そんな中しおかぜ号の所では、少年団のOBで今は保存会メンバーの方々が黙々と C11245 の錆を落とし塗装を直す作業を続けていました。海の近くに有って潮風に晒される保存には厳しい条件下でも、このような地道な作業の積み重ねによって、40年もの間良好な状態が維持されてきたのです。

*1) 藤沢鉄道車両保存会・藤沢SL少年団記念誌編集委員会 (2001): 「藤沢ミニ鉄道開通二〇周年記念誌 - 藤沢ミニ鉄道二〇年のあゆみ -」、江ノ電沿線新聞社・新日本印刷.


△ 雨除けの屋根をかけてもらった C11245「しおかぜ号」。 [2016.06, 神奈川県藤沢市]

C11245は公式側にホームが来るように停められていて、写真は非公式側からの撮影です。 保存会の方の話では、海風の当たるこちら側がどうしても錆び易いとのことでした。



藤沢鉄道車両保存会では、しおかぜ号の静態保存40周年迎えるにあたり記念誌を製作しようと、しおかぜ号こと C11245 の現役時代の写真を探していました。赤谷線時代の写真を掲出していた拙webページを見つけ連絡を頂いたことが契機となり、今回の訪問が実現しました。休日の鵠沼運動公園では、C11245 の新津機関区時代の運用や晩年の走行距離の変遷など、興味深い話をお聞きしながら楽しい時を過ごすことが出来ました。頂いてきた冊子「藤沢ミニ鉄道二〇年のあゆみ」からは、静態保存からミニ鉄道建設当時の経緯や、それに関わった方々の思いが熱く伝わってきます。そして、その時に結成されたSL少年団のメンバーが育って、40年後の今、保存活動を支えているのです。

△ プラットホームより。 [2016.06, 神奈川県藤沢市]