養老鉄道を東赤坂駅で降りると、駅の南側踏切を通る道が旧中山道です。踏切を背に赤坂宿へ、歴史を感じる道を西に向かいます。
中山道は江戸日本橋から京都三条大橋までの約530kmを結ぶ街道で、古代の官道である東山道を基盤としています。 5街道(東海道、中山道、甲州街道、日光街道、奥州街道)の中で最も距離が長く、宿場数69も最多です。 このうち美濃国(岐阜県)には16の宿場があり、馬籠宿などのようによく整備され有名観光地となっている場所も多くあります。
赤坂宿は西美濃にある中山道の宿場のひとつで、かつて杭瀬川の舟運や谷汲山の巡礼で賑わいました。 赤坂宿がある地区には舟運の歴史を伝える旧赤坂港が整備され、 さらに京都方面の垂井宿に向かって岐阜県最大の前方後円墳である昼飯大塚古墳、紅葉の名所の円興寺や美濃国分寺跡などの史跡があります。
赤坂宿へはJR東海道線支線の美濃赤坂駅下車が便利ですが、今回は養老鉄道の東赤坂駅から徒歩でアプローチです。
まっすぐに流路変更された杭瀬川を渡ると、宿場町の雰囲気が濃くなります。
赤坂港は江戸時代に整備された杭瀬川の川港で、大正時代に鉄道が敷かれるまで、この付近で古くから産出される大理石や石灰岩の積み出しなど、さまざまな物資の集散地としてにぎわったとのこと。 赤坂港跡は公園として整備されています。
きれいな洋館の赤坂港会館は、中山道と谷汲街道の別れに1875年(明治8年)に建てられた警察屯所を復元したものだそうです。
こういうタバコ屋さん、見かけなくなりましたね。
この建物は1730年(享保15年)または1775年(安永4年)に建てられたと伝えられる古い商家の建物で、 赤坂宿内に現存する建造物の中で最古級の町屋遺構として市の重要文化財に指定されています。
赤坂町の中心で、中山道と谷汲巡礼街道、養老街道(伊勢方面)が交差します。
谷汲は谷汲山華厳寺(けごんじ)を中心とした門前町です。 華厳寺は西国三十三所観音霊場の第三十三番札所で、春には桜、秋には紅葉の名所としてにぎわう所です。 巡礼道は赤坂から北に向かって揖斐を通り、揖斐川を渡って今はトンネルとなっている峠(小野坂)を越えて谷汲に入ります。
門前町には2001年に名鉄谷汲線が廃止されるまで終着駅の谷汲駅があり、寺の参詣客でにぎわったそうです。 今は、駅跡にモ755(モ750形)とモ514(モ510形)が静態保存され、当時の駅舎内旧待合室には谷汲線の資料が展示されているとのこと。 ちなみに今回の旅行では、この後名鉄の旧美濃駅を訪ねることになるのですが、旧美濃駅に静態保存されているモ512と旧谷汲駅のモ514とは、 共に美濃電気軌道が1926年に新製したセミボ510形電車に起源をもち、岐阜周辺で新製から80年近く活躍した兄弟車だったりします。 この話はまた後ほど。